ご結納
結納は、婚約の証として両家の間でとり行われる儀式です。同時に、ふたつの家が親類として関係を結ぶ儀式でもあり、両家の間では約束の印である金品が取り交わされ、法律でも有効になる婚約が成立します。
前回、八松苑の坂井浩明社長の話でふれたように、近年では媒酌人を設けず結婚を進めるカップルが増えています。そうしたなか、古来のしきたりである結納は、儀式ばったものと受けとめられ、省略されることもあります。しかし、結納には両家が末永いおつき合いを築いていくための工夫や知恵が隠されています。
結納におけるかつての媒酌人の役割は、ウェディング・コンシェルジュや結納専門店の手に委ねられるようになりました。結納のスタイルも多様化し、住宅事情の問題などもあって、親族での会食や指輪の交換だけで済ませるなどカジュアルなパターンも増えています。たとえば、八松苑では、会食のみのスタイルから、一品一品に寿ぎの意味を重ねた祝い膳を囲みながら結納の儀をとり行う伝統的な形式まで、さまざまなパターンに対応しています。
こうして多様化された結納のなかでも大切なのは、一つひとつの形に込められた気持ちです。そこで、水引の店「みゆき」小松店の岸野恵子さんに結納が果たす役割や意味についてお話しいただきました。
挙式や披露宴と違い、ごく近い親族だけでとり行われるのが結納です。親御さんにとっては、巣立ちゆくわが子にしてあげられる最後の行事でもあり、そこには、嫁がせる側、迎える側の想いが込められています。
「結納にかける想いは、自然に形となって表れてきます」。岸野さんが、結納を控えたある家を訪ねたとき、玄関を入ると、新しい畳の香りが漂ってきたそうです。そのお宅は、「大切に育てられたお嬢さんを迎えるのだから」と、結納に合わせて畳を新調していました。「わが子を想う気持ちと、新しい家族を大切にしようという心がにじみ出ていました」と岸野さんは語ります。また、新郎となる本人が、新婦となる女性の実家近くにある「みゆき」を訪れ、「金銭的に余裕はないけれど、可能な範囲で自分ができる限りのことをしたい」と相談を持ちかけた姿には、よい家庭を築いていこうとする心構えとさわやかさがあふれていたと言います。
結納料の相談にも乗る岸野さんですが、「結納品にかけるお金よりも、その中に込める気持ちが大切なのです。ご本人や親御さんの心の豊かさは、相手のご家族にも必ず伝わります。ご両家に喜んでいただけることが、この仕事をしていて何よりの励みになります」と強調します。
そのまま結婚式の日を迎えるのではなく、事前に結納を通して両家がお互いを知り合うことは、コミュニケーションを円滑に進め、絆を深める知恵となります。結納は、決して形式だけのものではなく、先人たちの経験から生み出された文化なのです。
結納品のひとつひとつには「寿留女」「友白髪」「末広」といった名がつけられ、結納品を彩る水引細工には、ふたりと両家の幸せを願う職人たちの想いが込められています。
八松苑のウェディング・コンシェルジュたちも、その想いをともにしています。坂井社長は「結納は、お互いが育った環境や土地の風習を理解尊重し、結婚や家庭に対する意識を確かめ合う役割も果たしている」と話します。両家がそれぞれの立場を思いやり、届け合う結納こそが、幸せな結婚生活を築いていくうえでの礎となることを知っているからこそ、八松苑は、結納という儀式を大切に考えているのです。
(ファーボ2007年9月号掲載)